K語・観察会

J. クリシュナムルティの思想を理解するために特に重要におもえる言葉を毎回一語取り上げ少人数で語り合う会である。
クリシュナムルティは、自身の到達した深遠な理解を、日常の語彙とあいまいさの少ない文体で、簡潔に、直截に表現する努力を怠らなかったひとである。
そこで、われわれとしても、なによりも、幼児のような感受性を発動させることからはじめたい。考える以上に感じる。知が自ずと流入するのを赦す。そういう時間を共有したい。


■【サイレント・シート Silent Seat】
サイレント・シートは、発言を控えたいときにご利用いただくものです。
イベント時(講演会等を除く)は常に会場の受付に、「Silent Seat<発言は控えます>」と書かれた札をご用意しています。ご自由にお持ちいただき、ご自身の机の前に設置してください。主催者から意見を求められることはありません。

サイレント・シート<以下のような方はご利用ください>
・話すのが苦手
・見学のみを希望する
・体調がすぐれない
・発言をする気分でない

 

 

過去のK語・観察会

2017.7.30(デザイン・クリエイティブセンター神戸 KIITO/神戸
第13回 【憎悪】
Hate
孤立から憎悪が生まれる。そこで、憎悪は、愛と接点を持たない、とKはいう。
ヘイトスピーチに愛がないことは分かりやすいが、もっと潜在した、不可視の意識に働く憎悪にわれわれはちゃんと気づいているだろうか。

2015.9.27(京都嵯峨芸術大学 森本研究室 )
第12回 【理解】
<京都編>

2015.8.9(チーム医療研修室/東京・大塚)
第12回 【理解】

日常のことばとして「理解」という語は、なんとも穏やかな意味をもつ。健全な脳が正常な仕事をしているかぎり、大方の疑問は「理解」に至るようにおもえる。
「理解しているけれど、どうもしっくりこない。」煮え切らない「理解」の用例だが、Kにおける「理解」は、ほとんどこれとは別のことばのように厳しい。また、
思考水準の納得とは隔絶した質を求める。
Kの「理解」を体得すれば、「理解」においてすべての葛藤が消滅し、不安が解消されそうだ。「理解」は強力な解毒薬であり、狭量な分別に対する爆弾である。


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014.7.13(京都嵯峨芸術大学 第1ゼミ室 )
第11回 【安心】security

「蓄積には明らかに安心がある」とKは思考の特徴を語ります。
お金であれ、知識であれ、それらが蓄えられ増大するにつれ、安心が増すのですが、この蓄えられたものはいつまでも増え続けるのでしょうか。
いつまでも、確保できるものでしょうか。
いや、思考はそうではないことも知っています。


2013.7.21(ラルジャン ド ポシュ/奈良・桜井)
第10回 【感受性】sensitivity

「あなたに優れた感受性がそなわっていれば、努力なく生きていける」とクリシュナムルティはいう。
ひとは努力を賞賛する一方で、努力に疲れている。
感受性に潜む大いなる力に気づかず、日々時間に追われながら、もがいているだけだとしたらそれは大きな損失だ。


2012.9.23
(ラルジャン ド ポシュ/奈良・桜井)
第9回 【中心】centre

思考は「中心」を生み出し、それゆえにあなたは全体を把握できず断片化した理解に陥る。
死とともに「中心」は消失するが、「中心」が存在する限り、あなたは現状の自己を否定し続け、何者かにならなければならない苦闘を生き続ける。
クリシュナムルティの思想にみる最重要語の一つ「中心」を共に深く探求したい。


2011.8.21
(神戸市勤労会館)
第8回 【気づき】awareness

知ることによっても、経験する事によっても、解消しない問題が、一瞬の気づきによって、解決される場合がある。
こうした気づきの働きは、どこからやってくるのか。
また、どのようにもたらされるのだろうか。
「『気づき』に気づく意識はない」とクリシュナムルティはいう。
「気づき」に彼は何を見いだしたのか。


2011.1.23
(京都嵯峨芸術大学)
第7回 【断片化】fragmentation

人類も、日本という国も、会社や学校もばらばらに見える。あなたの家族や、友人関係もばらばらになってはいないか。いや、そもそも、あなた個人の意識がばらばらではないのか。
全体はどこにいったのか。「全体を理解する」などというものの、全体は見えにくい。見えているものは断片であり、思考の捉え、扱っている範囲も断片にすぎない。
あなたは抱えている問題の全体を知ることなく、その断片に閉じ込められて苦悶しているのではないのか。

[第7回 K語・観察会/ノート]
父としての私、夫としての私、弁護士の資格を持った私。
説明できるかぎりの断片を集めれば、「私」の全体像に出会えるだろうか。有限なものに対してだけ、我々は思考し、名前をつけることができる。(無限に対してさえ「∞」という記号をあてはめているが。)
言葉や記号に置き換えた時点で、私たちはその全体を理解できたと勘違いするが、ほんとうはその瞬間に、もう断片化が生じている。時間軸の運動の中で対象物を見つめていると、思考のひとつひとつが、断片と化すことが避けがたいのである。

2010.2.21(奈良県文化会館 和室「うねび」)
第6回 【自由】freedom

大空を飛び回る鳥たちをみて、地面に縛り付けられた人間の不自由を改めて自覚させられる。しかし、その鳥たちも、エサを探す労働や天敵への警戒と対策は欠かせない。
生き続けるためには、なんらかの責務が生じる。それは人間にとっても鳥にとっても同じだ。ならば労働や責務が不自由を生み出す元凶なのだろうか。

2009.4.12(西宮大谷記念美術館 庭園横和室)
第5回 【悲しみ】sorrow
 
満たされないものを抱えながら生からの離脱もままならぬひとのこころは悲しみの色を帯びざるをえない。理由や対象をもたない悲しみ。
「その悲しみを知覚することが慈悲である」とクリシュナムルティは語る。


2008.11.30(神戸商工貿易センタービル)
第4回 【現実的】reality
 
現実とわれわれが呼ぶものには避けがたい確かさがあって、一時の忘却はありえても、結局そこに戻される、母なる大地みたいな安定した場であるらしい。現実的でない生き方は、空想的であったり、妄想的であったり、超越的でありうるのだが、それらのどれもが現実よりも軽々しくみえるのはなぜだろう。
この語はKの思想を明瞭に読み解くにあたり、非常に困難な語であり、また、最も重要な語のひとつでもある。


2008.5.11(京都嵯峨芸術大学)
第3回 【学ぶ】learning
 
2008.5.11(京都嵯峨芸術大学 第1ゼミ室 )
事物の名前を覚えたり、科学の説明を理解するのに、頭脳をつかう。
知識を取り込む行為が学ぶことの全てであるなら、安価なパソコンの方が人間より効率よく学ぶ力をもっているようにみえる。
忘れ、間違い、ごまかす。そんな人間は、何を、どう学んでいるのだろう。

2007.11.10(高槻センター街ビル)
第2回 【満足する】contentment 
感情の働きがなかったら人間の営みは随分と違ったものになるだろう。
満足をみたすために、あれをし、これをえらび、また、あれを避けているのが人間。
はたして、満足は、われわれに最善のものをプレゼントしてくれるのか。


2007.6.30(京都嵯峨芸術大学)
第1回 【観察する】observing
 
見れば分かるのに説明するのは難しいものがある。
見ているひとは、それを知っているので、ひとに伝えるには言葉だけが障害になっている。
「見る」力は、観察力に基づいている。考えるよりも、直接的に見て理解できる能力はどのように作動しているのだろうか。