[K's Pointからのメッセージ|2015.9.9]

暴力を生き方として容認している人類に

「自由」はない

  森本 武 NPO K's Point 代表


 百貨店、大型家電量販店、ネットショップなどになじんでいる都会人は、常に混乱した意識をかかえながら、選択肢の多い買い物に「自由」を感じて満足しているようです。
 しかし、その「自由」にKは暴力が含まれていると指摘します。この選択のための自由には抵抗と対立が必ず伴っているからです。
 戦争という大規模な暴力も、多数の選択肢に混乱した意識がしでかす愚行です。戦争を防ぐという虚妄の対策として、強力な武器を、軍隊を、軍艦に戦闘機を用意しなければならないと考えてしまいます。戦闘能力の高い国と強固に結びついていないと平和が保てないと不安になるのです。
 一方、見せ掛けの自由に混乱させられない意識は、常にひとつの行動を、迷うことなく、直ちに選び取ります。そこでは、葛藤も矛盾も生じません。そのとき、真の自由があります。この自由において、平和がありのままに実現しているのです。

 

この5000年の間、ずっと戦争が止むことがありません。それは、人類が、生き方として暴力を受け入れてきたからです。
わたしたちは、人類の意識が本当に、真剣に暴力を排除できるのかどうかについて問いつめてこなかったのです。
私たちの生きる柔軟な社会と、この社会から時間をかけて生み出されてきた文化は、好きなことをし、好きなものを選んできましたが、そこに暴力の兆しがすでにあるのです。選択のあるところには自由はありません。選択は混乱を暗示し、明晰さをもちません。鮮明に認識できたときには、選択というものはありません。ただ行動だけがあるのです。

J. クリシュナムルティ


And there will be always wars - and there have been for 5,000 years, wars, because man has accepted violence as the way of life. And we never question whether the mind can be really and truly, deeply free of violence. And the permissive society in which we live, the culture in which this is gradually coming out of this society, to do what one likes or choose what one likes, is still an indication of violence. Where there is choice there is no freedom. Choice implies confusion, not clarity. When you see something very clearly there is no choice, there is only action.

J. Krishnamurti
Third Public Talk at San Diego State College, California, 1970